Remove and Discard

Android: Netrunner fan site

翻訳小説記事:北の空の下で/Under the Northern Skies

この小説は、NISEIのノベルコンテンツ「Under the Northern Skies」をFobby(Twitter)が訳したものです。

 ブリザードの渦が去り、荒廃したツンドラを静けさが覆う。太陽が隠れると、遠くの山々は、静かに、恐ろしげに氷に覆われていた。静けさもまた嵐と同様に残酷だ。ブーツが雪を砕く音だけが空に響き渡る。サンドッグは尾根の端を少しずつ歩いていた。

 ランナーは急ごしらえのキツネ穴で嵐をやりすごし、自己加熱コーヒーを飲みながら嵐がやむことを祈った。ブリザードが過ぎると今度は夜のとばりが近づく。斜面を登るのも厳しくなりそうだ。男は稜線に急いだ。頂上にたどり着くと景色はまるで変わる。柔らかな白だったそれはいま、巨大で、湯気を上げるクレーターとなった。地平線まで続く露天鉱床ははるか北、支流のあたりまで続く。毎年この時期には凍結するこの川は、ラプテフ海へと流れ込みながらさまざまな物質を放流する。いっときの太陽に照らされ水晶のように青かった海が、やがてサハの水脈を侵食する。

 男はこのためにいた。採鉱基地はスロープのふもとにある。ここからゆうに1キロはあるが、中継ドローンのネットアクセスは生きている。黄昏の過ぎる前に、正しい道を見つけ、走り抜ける。サンドッグは軽い溜息と共に、サイドバッグからドローンと双眼鏡を取り出す。厚手の衣服をまとっていても、畜生、ここは地獄のように寒い。雪上に伏せた男をミラーファイバー加工の自動クロークがスキャンし、サンドッグの衣服にはツンドラの風景が投影される。

 長い夜になりそうだ……。

 静寂につづいて真の闇が一時間後にやってきた。サンドッグはドローンをあやつり尾根を下る。雪崩もなく、セキュリティ網も作動せず、接続も生きている。白い球体がHQ周辺の物理ショックフェンス近くに転がり込むと、ランナーはこのあたりのネットワーク基盤を探りだした。 ウェイランドの地方設備はネットワークアクセスをあえて緩め、硬いアイスや残酷なシスオペがランナーに対処する方針を取っている。HBの施設から開放ポートを見つけることはもうあきらめた。ランを開始するだけでも、ずっと地道な作業が必要だ。NBNの中継器は、まだ侵入を始めてもいないのに、燻製ニシンとその虚偽で満たされている。ジンテキのサーバーには……関わらない方が無難だとサンドッグは知っている。

 彼はジャックインした。あたりの凍り付くような空気が電気を帯びてネットスペースの研ぎ澄まされた感覚が肉体に染み込んでくる。ネットのエネルギーが男へと集まり昼のように強い光となって男の視界を満たす。彼のアバターの前にゲートウェイが現れドローンのネット領域が開く。ためらうことなく入る。 神経経路が感覚で満たされ、そのすべてに秘密と危険があった。サンドッグはそのどれが自分の獲物か分かっていた。この経路が秘めるエネルギーが持つ鼓動テンポはそれが任務ハブであることのあかしだ。男は緑色に光っていた孔に滑り降りていく。回避不可能な対策プログラムが呼び出されると、用意していた迂回ツールで迷路を突破した。

 コードの網が足元から男を捉え、持ち上げ、絡みつき、そしてほつれる。手首からデコーダーをちらつかせることができれば、アルゴリズムの結び目の繊維を切り裂くには充分だ。ピクセルの火花を散らして網が蒸発すると、向こうの穴のネットスペースが膨張して爆発した。彼の感覚の外からの重いバーが、境界上のシャボン玉の幻にぶすぶすと突き刺さっていく。エッチング加工のコードが爆ぜ、火の手が通路の先まで伸びる。

 ユニークだな。サンドッグは考えを巡らせた。まるでローカルネットインフラで過負荷レゾされたアイスじゃないか。強力、しかし脆弱。スウィフト・コマンドがパケットを注入し、敵対ペイロードを秘匿した。数百サイクルのネットタイムをかけてアイスの中心を通過し、アイスを芯からコローディングしていった。燃えるバリアに穴があき、機械的なノイズが少し鳴って、アイスが崩壊する。

 サンドッグは歩みをためらった。アイスの崩壊が早すぎる。都合がよすぎる。つまり、今までになかったことだ。こういう場合は警戒を解くな。

 不安が高まりアドレナリンが体内に満ちる。ネットスペース内アバターの感覚は拡大する。男はすぐに、熟練のガンマンのようにベルトのホルスターに手をかける。何かおかしい。サンドッグは警戒する。コードが変動し、僅かな命の灯が、新たな目標を持って燃えあがる。どんなアイスブレイカーよりも鋭利な鋼の尖端が、熱い炎から吐き出され、にぶく光りながら、エネルギーの芯に仕掛けられる。アーチャーがランナーを補足した。失敗は一度もない。

 ばんばんばんばん。

 弾丸は精密さと速度を兼ね備えていた。弓を離れる前に矢が的を射抜いていた。サンドッグはリボルバーをおろし、ぼろぼろの遺跡の主の頭に、きれいにあいた穴をあらためた。彼は息をつくと、不安を押しとどめる。サンドッグのアイスブレイカー早撃ちの前に、生き残っていたセントリー構造物はひとつもないのだ。環境照明がグリーンからレッドに。男のコンソールは自身の必死さをアラームとして表明した。ドアは回廊の隅にあり、ちらつくライトの向こうに見える。少し遠い。

 サンドッグは可能な限りのちからでドアに向かった。おのれの銃から撃った弾のように。電子足が電子扉を蹴り、疑似バリアを破り、中継ルートに向かった。彼はその部屋に何があろうとかまわなかった。この中枢に向かうことは、最後のペイロードに火をつけるためにどうしても必要だった。

 サンドッグは弧を描いて腕をふるってルートの心臓部へと勢いよく拳を向けた。このためだ。この瞬間のためにやってきた。この施設は炎のなかを崩れ落ちることだろう。

 ペイロードは弾丸のようにルートの明示に向け、放たれる。発火にも関わらずサンドッグは熱を感じず、ただ満足だけがあった──

 びくり。

 燃えるような痛みが、永遠とも思える男の一瞬を支配した。意図しないジャックアウトの先ぶれ。ネットスペースの暖かい光はまたたくように消え、かわりに夜の闇と冷たい鉄の匂いがやってきた。

 「あいさつもなしに入ってこられるなんて、本気で思ってたの?」

 女の声。それが最後の声になる。サンドッグは首をがくりと垂らし、雪のベッドに倒れこむ。見開いた目は天を睨んでいた。スティールスキン・レイヤーで身を護るには遅かった。千年のあいだ革命家を護ってきた遺産でも、もはや彼を救えない。 月のない虚無を鮮やかな緑と驚異が満たしていた。北の空の下で、サンドッグはその命を生ききって、その下で彼は死んだのだった。

 かちり。クリックの音が鳴り、やがて永遠がやってきた。

著者: モーガン・“アンゼカイ”・ホワイト/Morgan Anzekay White NISEIナラィテブディレクター 訳: Fobby